池田信夫批判の続き
(僕の中で続きなだけで、まだ一個目を書いていません。ごめんなさい。)

全文は長いので要約しつつコメントしていきます。
一つ目。
「30%の関税撤廃で牛肉価格が下がり、今まで1ヶ月に700gしか食えなかった消費者が1kg食べるようになる。」
ここでまずいのは関税を撤廃したら価格が3割下がり、消費が3割増えるとすると、という不可思議な仮定。
そんなに池田は牛肉が好きなのだろうか。
常識的に考えると、牛肉で浮いたお金を、他の嗜好品の消費(お酒、タバコ、漫画など)に移すだろう。
ここでも、池田は仮定と前提とをあべこべにしてしまっている。

次。
「消費者の利益(B+C)が1700億円に対して生産者の損失(B−E)は1200億円。生産者の一人負けに見えるが、消費者が得た利益を生産者に所得移転すれば、結果的に日本に浮きがね=利益の500億円が入ったことになる」。
ここは重要なので、池田自身の文を載せます。
「日本経済全体として自由化の利益が損失より大きいことは明らかだが、生産者が損することも明らかだ。つまり貿易自由化は生産者から消費者への所得移転だが、これはゼロサムゲームではない。生産者にB−Eに相当する額を所得補償すれば所得分配にも中立になり、経済の効率は上がる。これがWTOの方針であり、民主党の提案した農業戸別補償のもともとの考え方だ(今は単なるバラマキになってしまったが)。
つまり関税を廃止して所得補償に変えれば、農家の所得を同じに保っても消費者は利益を得る。日本は農業に比較優位はないので、農家が他の産業に転換することで生産性も上がる。ところが内閣府経産省も輸出増だけを考えているので、メリットが見えない。おそらく反対派のいうように、TPPによって輸入増が輸出増を上回るだろう。それは日本にとっていいことなのだ」

池田の考えが本質的にまずい点は、「適正な分配」という理想を前提と取り間違えてしまっている点である。
適正な分配が前提足りうる(つまり、容易)ならば、どうして「バラマキ」が生じるのか。
政治家とその地方の支持基盤である農家との結託が強いから。
つまり、「腐敗」しているから。
これを認めてしまうということは、「適正な分配」は安易に前提にはできない、ということを暗に認めているようなものである。
池田自身はさらっと「今は単なるバラマキになってしまったが」と書いているが、これは些細な事実ではない。
私たちのよく知るように、現実にはこのように上手くいかない人と人との結びつきがごまんとある。
国際間でも国内でもそれは同じだ。


人は理論で物を見ようとするときに、この「現実の難しさ」を忘れてしまう。
池田のエントリは、この知性の落とし穴をよく私たちに見せてくれる。
その意味で、池田は教化的な人間であろう。
もちろん、「反面教師」なのだが。

(補足)
上述の引用には、他にもまずい点がある。
「労働者を比較優位の産業に一点集中させる」と池田は書くが、これは疑わしい。
別のところで、池田は「パソコン産業とバラ産業の比較優位」を論じていたが、バラ産業に従事していた人たちの失業はどうするのだろうか。
万が一全員、他国のパソコン産業に移せたとしても、「昨日までバラを栽培していた人」がいきなり今日からパソコンを作れるのだろうか?
人の移動のコストはともかくとして、技術を一から教え込むコストが別にかかるのではないのか?
「単純労働だからスキルはいらない」と本気でいうつもりだろうか?
単純労働の代名詞であるマックジョブでさえ、仕事には難易度ががあるのだが。
いわんや、自然を相手にするバラ産業はたいへんだと思う(経験していないから分からないけど)。